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<title>ブログ</title>
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<title>目線</title>
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膝蓋骨骨折から3か月が経過しました。このブログでも再三、骨折から回復過程について書いて参りりましたが、松葉づえも外れ、膝も正常膝とほぼ同様の角度まで曲がるまでリハビリが進んだことで、今回をもって最後の報告とさせていただきます。皆様からはこれまでいろいろな形で励ましの言葉をいただきありがとうございました。実際には、術後1年経った段階で、骨固定のため埋め込んだボルトと針金を抜釘する手術が待ちかねているのですが、一旦そのことは脇に置きたいと思います。膝の骨折は、骨が付くまで（通常2か月程度で人間の骨は再生するそうです。）固定していれば治癒完了、とはいかない部位になります。ひざの関節そのものが折れているので、動かさないでいると、膝周囲の筋肉が固まって、将来的に膝が十分に曲がらなくなってしまうからです。つまり、治癒には自助努力が必要な骨折、ということになります。このブログでも書きましたように、私の膝も術後すぐは、30度程度しか曲がらない状態からスタートしました。理学療法士の方の懸命な処置もあり、その後、50度、70度、90度と角度を深化させ、骨が完全に再生したことが確認できてからは、100度、120度、140度とさらに曲がるようになりました。50度の頃は、90度なんて絶対に曲がらないと思いましたし、90度に到達したころは、直角以上に曲げるのはもう無理、と思いました。その都度、主治医からは、150度まで曲げて正座ができるように、との強い言葉がかけられました。「目線を高く保つ」、ことは何かを達成する際に最も重要なことだと思います。役員くらいまではなりたいと思って入社したサラリーマンが、社長にまで上り詰めることはありません。年収1億を目標にする人は、数千万の年収が上限になってしまいます。人の体も、120度しか曲げられないと思ってしまうと、100度くらいで曲がる確度が止まってしまう人が多くいるそうです。私の主治医は、曲げるべき目標とする膝の角度を、一貫して正常膝の150度から1ミリも妥協させませんでした。「目線を決して下げないこと」を、この度の骨折で私が「名医」から授かった貴重な人生訓として記し、骨折にかかる一連のブログを終了したいと思います。
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<link>https://k-igyosei.jp/blog/detail/20260921094730/</link>
<pubDate>Sat, 26 Sep 2026 09:50:00 +0900</pubDate>
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<title>柴田善臣騎手</title>
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中央競馬の現役最年長騎手、柴田善臣さん（60）が、JRAに騎手免許の取り消しを申請し、本日付けで引退するそうです。私は柴田さんの顔写真を見ると、思い出したくない「あの日」のレースが鮮明によみがえってしまいます。1998年秋の天皇賞は、明けの5歳（現在の数え方で4歳馬）になって「超高速逃げ馬」として本格化し、それまで破竹の6連勝で圧倒的1番人気に押された「サイレンススズカ」がレース途中で粉砕骨折し、直後に安楽死を迎えるという、「直視に耐えない」レースとなりました。このレースは、当時天皇賞には外国産馬が出走できなかったため、前哨戦（毎日王冠）で、世代最強と言われた外国産馬2頭、エルコンドルパサーとグラスワンダーに「影を踏むことさえできなかった」と言わせしめて圧勝したサイレンススズカの独壇場になると思われていました。（後にエルコンドルパサーはその年のジャパンカップ優勝、凱旋門賞2着、グラスワンダーは、その年から有馬記念を連覇）11月1日、1枠1番、締め切り1分前のオッズは、単勝1.1倍の1番人気。レースはサイレンススズカが当たり前のように後続を大差で引き離し、1000メートルを57秒4のラップでブッチギリます。ところが、府中の鬼門「大欅」を通過したところで突如異常が発生し・・・競馬に「たられば」はありませんが、完走出来ていれば、サイレンススズカは天皇賞史上最強のレコードで勝っていたでしょう。騎乗した武豊さんが、後に「ディープインパクト」が差し切れない相手があるとしたら「スズカ」だろうと語っていたのが印象に残ります。私はテレビ観戦していましたが、GⅠのレースでこれほどゴールに関心の向かないレースは他になかったのではないかと思います。観客の大半は、サイレンススズカが急失速した4コーナー付近の様子を固唾をみ込むように見つめています。軽傷でないことは一目瞭然でした。府中は静まり返り、文字通り「沈黙（サイレンス）の日曜日」で、中継の女性アナウンサーは泣きながらサイレンススズカの様子をアナウンスし続けていました。天皇賞馬となったのはオフサイドトラップという馬で、騎乗が柴田善臣さんでした。勝利騎手インタビューでの「満面の笑み」が彼を意図しない悪役にのし上げ、私自身もその後、柴田さん騎乗の馬券を敢えて外すことがよくありました。（実際には時系列でみると、インタビュー時、柴田さんはサイレンススズカの安楽死処分を知り得ません。）柴田さん長い間お疲れさまでした。
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<link>https://k-igyosei.jp/blog/detail/20260919070615/</link>
<pubDate>Sat, 19 Sep 2026 07:06:00 +0900</pubDate>
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<title>松葉づえ</title>
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膝蓋骨骨折の手術から10週が過ぎ、昨日執刀医の診察がありました。この段階で、膝の曲がる確度は120度となり、執刀医からは「経過は順調。あと1か月で正常膝と同様の150度まで曲げるようして、正座ができるように。」との指示がありました。膝蓋骨は下肢と上肢の筋肉を繋ぐ役割を担っており、ここが折れると下肢と上肢が連携できません。この筋肉が現状右ひざの40％程度とのことで、膝の曲がる角度をつけるリハビリと筋力を戻すリハビリを、治療の最終段階として今後1か月程度行うことになります。これまでお世話になった松葉づえは、自宅内ではすでに不要になり、近々外出時も外して、待ちに待った「二足歩行」を再開します。およそ2か月の間、松葉づえで外出していて気づいたことがあります。この社会は弱者に対して「とても優しい」ということです。道を歩いていると皆さん自然に道を譲ってくれます。エレベーターでは「開く」のボタンを押して待ってもらえます。急な雨の日には傘を差しだして私の目的地まで一緒に歩いてくれた方までいました。このときは一瞬でも「もしかして新手のキャッチセールスかな？」などと疑ってしまう自分に深い嫌悪感を抱いたこともありました。また、このひとは心から私の怪我の容態を気遣ってくれているのだな、と確かに感じる場面もありました。怪我をしなければ分からなかっただろう人の真心や、優しさを知ることができたのは、強がりではなく、怪我をして本当によかった、と心から思います。これからは、この数か月でいただいた温情や恩義をいろいろな形でお返しできるように行動してゆきたいと思います。敬愛行政書士法人代表社員井口健一郎
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<link>https://k-igyosei.jp/blog/detail/20260911194954/</link>
<pubDate>Fri, 11 Sep 2026 19:49:00 +0900</pubDate>
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<title>中秋の名月</title>
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「今はとて天の羽衣着るをりぞ君をあはれと思ひ出でける」『竹取物語』かぐや姫の残した和歌です。竹の中から見つけられ、大切に育てられたかぐや姫。しかし、月から迎えが来ると、地上で出会った人々との別れを惜しみながら、月の都へ帰っていきました。「今となっては天の羽衣を着て帰ってしまう。その時になって、あなたのことがしみじみと思い出される」という意味だそうです。普段は当たり前だと思っている家族との時間や友人との会話、何気ない日常も失ったり、遠く離れて初めて、その大切さに気付くことがあります。千年以上前に書かれた物語でありながら、そこの描かれている人の心は、今も何ら変わりがありません。かぐや姫が見上げた「月」と、私たちが見上げる「月」は当たり前ですが、同じ「月」です。今年の十五夜（中秋の名月）は、9月25日です。ほんのひととき、スマホを置いて、日常を忘れ、かぐや姫の時代から変わらない「月」を眺めてみたいと思います。
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<link>https://k-igyosei.jp/blog/detail/20260905142241/</link>
<pubDate>Sat, 05 Sep 2026 14:23:00 +0900</pubDate>
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<title>ファーストテイク</title>
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仕事柄、飛行機で移動することが多いのですが、ここ数年発着の遅延が、恒常化している気がします。私は羽田空港を発着する便を利用することがほとんどですが、コロナ収束後の羽田便は、ほぼ当たり前のように遅延します。今週も、ANA便で地方空港から羽田に戻る便が大幅に遅延しました。元々、飛行機は苦手なのですが、この日は「ゴーアラウンド」が「二回も」行われ、生きた心地のしないフライトになるはずでした。現在、ANAのskychannelでは、「THEFIRSTTAKE」が格納されています。今月のラインナップにも私の好きなアーチストが多くありましたが、中でもMISIAさんの「明日へ」は思わず引き込まれるコンテンツでした。ちょうど着陸態勢に入ったあたりから「明日へ」を聞き始めていたため、着陸寸前で急加速して上昇するという、飛行機嫌いにとっては大変な苦痛を伴う飛行が行われていたにも関わらず、私は画面に見入っていて、意識が飛行状況に向くことなくやり過ごすことができました。上空で旋回して再度着陸態勢に入り、またしてもゴーアラウンドするという、本来なら「絶望的」な状況においても、「明日へ」を繰り返し視聴していたことで、平静を保つことができました。MISIAさん、ありがとう！！果たして、予定時刻からは1時間ほどの遅延で無事到着しましたが、なぜ「ゴーアラウンド」が行われたか、機長からの説明等はありませんでした。その日の天候状況は平穏だったことを考えると、着陸寸前で滑走路を横切る何かがあったのか、他機とのニアミスが生じたのか、といった良くない想像をしてしまいました。全くの素人感覚ですが、羽田空港はすでにキャパシティを超えているのではないか、と心配になりました。
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<link>https://k-igyosei.jp/blog/detail/20260828193009/</link>
<pubDate>Sat, 29 Aug 2026 10:30:00 +0900</pubDate>
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<title>平均は難しい</title>
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「平均」は案外当てになりません。「平均年収」、「平均寿命」、「平均気温」、「平均株価」、私たちは日常的に平均という言葉を使っています。しかし、平均ほどわかりやすそうで、実は為政者の「ごまかし」に使われやすい数字もありません。平均の概念でもっとも一般的なのが、すべての数字を足して人数で割る、「単純平均」です。5人の年収がそれぞれ、400万円、450万円、500万円、550万円、そして1億円だったとします。この5人の単純平均年収は2380万円になります。この数字を見て、このグループの人は裕福だ、と考えるのは明らかに現実と乖離しています。1人の突出した数字が平均を大きく押し上げているからです。この場合、「メディアン」という平均値を使うと、このグループの平均年収は500万円となり、多くの人の実感に近くなります。数字を順番に並べて、真ん中にある数値を平均とする方法です。最近、「日経平均株価は上がっているのに、自分の持っている株は全然上がっていない」、との話（愚痴？）を聞く機会が増えています。日経平均株価の算出根拠は、価格加重型株価なので、1株当たりの株価が高い銘柄の影響を色濃く反映する平均株価になります。したがって、現在のように、半導体関連の一部の値嵩株（1株当たりの株価が高い銘柄）の値動きが、平均株価に大きく影響するため、半導体関連銘柄以外の銘柄は、日経平均株価のような値動きにならない、ということになります。では、そんなバイアスのかかった平均株価は当てにならないなら、企業の時価総額（企業価値）をベースにしたTOPIXを真の平均株価としてみればよいのでしょうか？実はTOPIXにはTOPIXなりのバイアスがあります。TOPIXは時価総額加重平均株価なので、時価総額の大きな銘柄の影響を大きく受けます。そして、時価総額とは株価×発行済株数ですが、実際のマーケットで売り買される株は、「浮動株」といわれる一般に流通する株式のみです。したがって、発行済み株式が多くても、浮動株の比率が少ない銘柄（例えば政府保有の比率が高い銘柄）が、TOPIXを算出する過程で、平均株価に大きな影響を与えてしまう、というバイアスがあるのです。つまり、「平均株価」ひとつとってみても、その算出根拠には「必ず」何らかの偏りが入ってしまうのです。「平均はこうです」という言葉を聞いたとき、もう一度考えてみたい。その平均は、「誰にとっての」、「何を基準にした」平均なのかを。平均を見ることは、現実を理解する入り口に過ぎず、大切なのは、その平均の向こう側に、どんなバラツキと個性が隠れているのかを見極める必要があるのだと思います。
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<link>https://k-igyosei.jp/blog/detail/20260821133420/</link>
<pubDate>Fri, 21 Aug 2026 13:34:00 +0900</pubDate>
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<title>高市政権成長戦略</title>
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本ブログでは、高市-片山ラインが目指す積極財政の成功シナリオとリスクシナリオをどのように考えればよいか、私なりにまとめてみます。理想的なシナリオは以下の流れです。政府が成長分野への投資→企業の生産性が上がる→賃金・設備投資が増える→消費が拡大→税収が増える→財政赤字が改善する特に期待される分野として、半導体、AI・データセンター、防衛産業、脱炭素・エネルギー、先端医療、インフラ更新、などです。片山大臣の考え方は、財政を単なる支出でなく、将来の稼ぐ力を作る投資として使う、という方向性です。成功のカギはズバリ、「何にお金を使うか」、です。私が思う良い支出は、半導体工場の誘致、AI研究開発、電力網強化、若い世代の教育投資、等です。反対に悪い支出は、一時的な給付金、効果検証の無い補助金、既得権益化した事業等です。つまり、「積極財政」そのものより、投資の質を管理できるか、が勝負になると考えます。失敗したときのリスクとしては、金利上昇、円安・物価上昇、海外投資家からの日本国への信認の低下です。元財務官僚である片山氏の場合、財務省が何を懸念するか、どこで官僚組織が動くか、予算査定の仕組み等、を熟知していると思われます。そのため、前回のブログで書いたように、財務省と対決するというより、「財務省の厳しい査定能力を使って、成長投資を選別する」という運営手法を取るべき人事を行った、と見ています。そして、最終的な成長投資先の選定は、財務官僚自身ではなく、「先を読むことができる」外部のプロフェッショナルに委ねることがよい思います。なぜなら、財務官僚のメンタリティーは、「今見えている」情報から判断して最も効率的な手法は何か、を見つけることには最も適していますが、投資のような、「将来のことは分からないけれど、この道が良い気がする」といった「イマジネーション」を要する意思決定は、いわゆる経営のプロのような人材でなければできないからです。そのうえで、私たちはが今後見るべき指標は、実質賃金が上がるか、民間設備投資が増えるか、税収が自然増するか、長期金利が安定するか、であると考えます。
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<link>https://k-igyosei.jp/blog/detail/20260814192820/</link>
<pubDate>Sat, 15 Aug 2026 11:29:00 +0900</pubDate>
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<title>高市政権・片山財務大臣の経済政策</title>
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片山財務大臣が大規模な財務省幹部人事を発表しました。事務方のトップの交代とあって、大きく報道されました。主な交代は次の通りです。財務事務次官：新山氏→宇波氏、主計局長：宇波氏の昇格に伴い、坂本氏、官房長：坂本氏の後任に前田氏、国税庁長官：江島氏→青木氏、理財局長：井口氏→阿久津氏、財務総合政策研究所長：木村氏→小宮氏、一方で三村財務官、寺岡関税局長、緒方国際局長の三人は留任となっています。マスコミでは「刷新」「大幅人事」「更迭人事」といった表現が使われていますが、私の印象としては、誰か一人を更迭した、というよりは複数の幹部が新しい幹部へ交代する人事、というように思えました。ただし、これだけ重要なポストが一度に交代した事実を見ると、片山大臣にいくつかの「狙い」があると思います。①新しい財務省の体制づくり財務事務次官、主計局長、官房長は財務省の中枢で、この3ポストを一体で入れ替えることで、片山大臣が目指す政策を実行しやすい体制を整える意味があると思います。②高市政権の経済政策との整合性高市政権は、景気対策や減税など、積極的な政策を掲げています。一方、財務省は伝統的に財務規律を重視する組織です。そのため政治の方針と事務方の方向性を一致させる意図がある、とみてもよい気がします。「片山大臣が財務省に不満を持っていて、今回の人事で抵抗勢力を一掃した」という論調も一部にあるようですが、私はそうは思いません。ここから先数回のブログでは、今回の財務省人事の政治的意図と、高市政権が掲げる「責任ある積極財政」の行方を占ってみたいと思います。片山大臣は言わずと知れた財務官僚の出身です。財務省のことを知り尽くしている大臣が、予算を熟知した主計局長からの昇格という形で宇波氏を事務次官に据えたことは、財務省を外から壊すのではなく、内部の実務能力を使って政策を進める布陣を選んだと考えます。高市政権は、経済成長を実現し、税収増につなげるという考え方を重視しています。そのため、今回の人事では「財務省を敵に回すのではなく、財務省の中枢を経済戦略に適応させる」とのメッセージに読めます。従来の考え方：財政赤字を抑える→支出を抑える→財政健全化高市政権の考え方：成長分野に先行投資→GDPを増やす→税収を増やす→財政を改善する家計に例えると、今は家計が厳しいけど、踏ん張って子供の教育にお金をかけて、子供が大人になって稼ぐようになり一家の収入が増え、結果として家計が黒字になる、といった「成長戦略」に懸けたわけです。成長戦略は将来の希望をもたらす一方、失敗するリスクを伴います。財政健全化を確実に達成するには、借金などせず、日々節約し、教育投資など後回し、のほうがリスクは少なく結果は出やすい。支出を抑えるのは誰でもできますが、収入を増やすのは簡単ではないからです。実際、失われた30年で成長戦略というリスクを伴う政策を実質的に取る政治家はいませんでした。片山大臣の経済運営が成功するかどうかは、単に「財政支出を増やすか減らすか」ではなく、増やしたお金が日本経済の成長力を高めるか、にかかってきます。今回の財務省人事はそのための第一歩と言えると思いますが、実際に高市政権の成長戦略が成功するか否か成功シナリオとリスクシナリオはどのようなものが想定されるか、成功するための要諦は何か、につきまして、次回のブログで私の思うところを書きたいと思います。
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<link>https://k-igyosei.jp/blog/detail/20260808065830/</link>
<pubDate>Sat, 08 Aug 2026 07:00:00 +0900</pubDate>
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<title>トイストーリー</title>
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世界の歌姫、テイラー・スイフトの「IKnewIt,IKnewYou」が彼女にとって久々の大きなシングルヒットとなっています。全英シングルチャートで1位を獲得するなど、「久々にテイラーの曲が街中で広く流れるようになった」という印象を持つ方も少なくないのではないか、という気がしています。社会現象級に広くヒットしている一番の要因は、この曲が「トイ・ストーリー5」の主題歌であるからかもしれません。その「トイ・ストーリー5」のテーマは、AIと人間の関係です。子供たちに必要とされることで存在意義を見出してきたウッディとバズの名コンビが、AI搭載のタブレットからおもちゃの居場所を守るため、新たな脅威に立ち向かう、というお話です。これまでもトイストーリーシリーズが伝えてきたことは、「新しいものが古いものを完全に否定する」ものではなく、時代が変わっても、心を通わせること、信頼を築くこと、相手を思いやることが、本当の価値として描かれてきました。今回のメッセージも、「タブレットを捨てて、おもちゃに戻ろう」といった単純なものではありません。タブレットの電源が切れたとき、床に置かれた人形たちは、次に何をすべきか教えてくれません。そこで子供たちは途方に暮れるのではなく、自ら考える。想像力を広げ、うまくいかなければやり直す。ウッディを手に取って、自分で考え、自分で動かし、自分で世界を面白くして、新しい冒険を始める。私たちもAI時代の中で「人間だからこそできること」を問い続けることになるのでしょう。「トイ・ストーリー5」が描くのは、おもちゃの未来だけではなく、AIという新しい存在と向き合う、私たち自身の未来なのだとすれば、テイラーの久々のスマッシュヒットは、AI時代における人間の価値について自問する人々の多さを反映しているといえるかもしれませんね。
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<link>https://k-igyosei.jp/blog/detail/20260731103658/</link>
<pubDate>Sat, 01 Aug 2026 07:36:00 +0900</pubDate>
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<title>数値目標</title>
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学生の頃は、100メートルを何秒で走れるか、毎年の身体測定で身長は何センチ伸びたか、定期テストでは偏差値はいくつか、社会人になれば、営業成績は同期入社の中で何番目か、コストはいくら削減できたか、TOEICのスコアはいくつか、年収は去年と比べてどれだけ伸びたか、健康診断の血液検査の結果は、標準的な同年代のそれと比べ高いのか低いのか。思い返すと、私は常に「数字」によって相対的に評価され、自分自身も「数字」が他人からの「評価」に直結していることに大した疑問を持たず、むしろ「数字」を改善させることで、自身の「充足感」も獲得してきたのだとつくづく思います。長年の習性は簡単に変わりません。今回骨折からのリハビリテーションの過程で、膝が「何度曲がるか」が、週三回の施術のモチベーションになっています。術後は30度程度しか曲がらなかった膝が、「今日は前回よりも10度改善しましたよ！」「今回は70度まで曲がりました！」「月内に自力で90度曲がるのが目標ですよ」等々、ここでも数字による管理が行われています。正直リハビリの過程は過酷で、毎回「痛み」との戦いなのですが、唯一最大の救いが、「前回よりも数字が改善していること」になります。今後は医師の診断を経て、120度程度までの屈伸が目先の目標になるそうです。その後、松葉づえを外し、筋力の回復、日常生活へ、という経過となるよう、それぞれの局面で、「定量的目標値」をクリアしてゆきたいと思います。私と同じような境遇にいらっしゃる方がありましたら、治癒に向けた参考記録になればと思い、適宜このブログで状況アップデートして参ります。ちなみに、仕事での面談等は「松葉づえ」姿にはなりますが、すでに再開しております。ビザ関連のご相談等、いつでもお待ちしております！
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<link>https://k-igyosei.jp/blog/detail/20260725144626/</link>
<pubDate>Sat, 25 Jul 2026 14:46:00 +0900</pubDate>
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