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柴田善臣騎手

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柴田善臣騎手

柴田善臣騎手

2026/09/19

中央競馬の現役最年長騎手、柴田善臣さん(60)が、JRAに騎手免許の取り消しを申請し、本日付けで引退するそうです。

 

1998年秋の天皇賞は、明けの5歳(現在の数え方で4歳馬)になって「超高速逃げ馬」として本格化し、それまで破竹の6連勝で圧倒的1番人気に押された「サイレンススズカ」がレース途中で粉砕骨折し、直後に安楽死という悲劇となった衝撃的なレースでした。

 

このレースは、当時天皇賞には外国産馬が出走できなかったため、前哨戦(毎日王冠)で、世代最強と言われた外国産馬2頭、エルコンドルパサーとグラスワンダーに「影を踏むことさえできなかった」と言わせしめて圧勝したサイレンススズカの独壇場になると思われていました。(後にエルコンドルパサーはその年のジャパンカップ優勝、凱旋門賞2着、グラスワンダーは、その年から有馬記念を連覇)

 

11月1日、1枠1番、締め切り1分前のオッズは、単勝1.1倍の1番人気。レースは当たり前のように後続を大差で引き離し、1000メートルを57秒4のラップで飛ばしました。府中の鬼門「大欅」を通過したところで異常が発生し・・・

競馬に「たられば」はありませんが、恐らく天皇賞史上最強のレコードで勝っていたのでしょう。騎乗した武豊さんが、後に「ディープインパクト」が負けるとしたら「スズカ」だっただろうと語っていたのが印象に残ります。

 

私はテレビ観戦していましたが、G1 のレースでこれほどゴールに関心の向かないレースは他にないのではないかと思います。府中は静まり返っていました。文字通り「沈黙(サイレンス)の日曜日」で中継の女性アナウンサーは泣きながらアナウンスを続けていました。

 

天皇賞馬となったのがオフサイドトラップという馬で、騎乗が柴田善臣さんでした。勝利騎手インタビューでの「破顔一笑」が彼を意図しない悪役にのし上げ、私自身もその後、柴田さん騎乗の馬券を敢えて外すことがありました。(時系列でみると、インタビュー時、柴田さんはサイレンススズカが安楽死処分になったことを知りません。)

 

柴田さん長い間お疲れさまでした。

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